■最新記事
■最新コメント
■FC2カウンター

■プロフィール

サチヨ

Author:サチヨ
横浜出身のサチヨです。
理由なくフランスに惹かれて、ワーホリでの1年間の最後の一週間で、今のだんなさんである仏男と出会いました。

何事も超前向きな元パン職人の現コックさん、サチヨ。
それを超えて前向き、パワフル、日本食が大好きな彼とともに、アルザスで元気に暮らしております。
サチヨは1980年申年、だんなさんは1979年未年生まれ。

■最新トラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QRコード

鬼に金棒の

食生活。

私は、完全なるズボラ料理家なので、自宅での炊事の際は「創作料理」しかしません。
そんなとき、私の強い味方なのが見慣れた食材日本食材なんです。

これさえあれば、買い物行かずに、あるものでな~~んでもつくっちゃいます!!


ズボラですから・・。


まず、食事の支度のたびに買い物なんて、行けるわけないし(時間や労力、車ならガソリンの無駄)、
必要な物を必ず買って、料理していたら、節約ができません。

あるもので食べるこれが、名もなき創作料理なんです!


幸運にも、旦那さんは日本食大好きの米党。
コメの買い足しで、最近はごはん料理も作れて、

日本食材の隠れたパワーに毎日、惚れぼれしてますnico

まず、基本で必要なのが、味噌、干しシイタケ、穀物酢。

醤油は、普通のスーパーでもいくらでも売っていますから最近は。
(高いんですけれどね)

この、味噌と酢は、「買えるときに買っておく」
が鉄則です。味噌汁は、やはりたんぱく源になると思います。
そして、大根が買えた日は、豚汁にするのが我が家流!
酢は、穀物酢はやはり日本食材専門店じゃなきゃ、買えませんから。
お寿司を急に頼まれても、買い置きがなかったら、 「・・・・アップロードファイル
これは、主婦としては避けたいのです。


で、干しシイタケ。これがまた、すごいお役立ちで。
こちらで買えるようなものでは、すべて中国産なので、NO GOOD!

私は、日本から帰ってくるときに必ず持ってくるのが「干しシイタケと焼のり」です。

干しシイタケは、いいだしが出るし食感も噛みごたえがあって、肉と間違う!(そう思い込む)

なんかどうしようもない食材しかない日でも、シイタケ戻して、切り方とか工夫したら、いろんな料理に変身しますハートありがとう
茶碗蒸しもてきとーに作っても、シイタケのおかげで激ウマ!と評価されちゃいます^^。(旦那さんは、好き嫌いなしでなんでもおいしい人なので。)

この基本は、踏まえつつ、アジアスーパーの買い物の際はとにかく、いい機会だから何でも買っちゃえ!です。


blog24.jpg
まず、こちらは もち米(左) 日本米1キロ(右) (写真クリックで大きくなります。)

もち米は1キロ2,15ユーロ、ノーマルは1キロで2,10ユーロ。
割高ですが、味見のために買ってみました。おこわとか、作ってみたいなあ。
ちまきとかニヤニヤ

blog26.jpg
そして、左から、そうめん400g1,50ユーロ 乾麵のうどん227g0,75ユーロ 韓国ラーメン0.85ユーロ 韓国の生うどん200g0,48ユーロ!

生うどん、品質は怪しいけれどおいしかったです。しかも、安くて便利びっくり

blog27.jpg

来ました、お約束の醤油1リットル3,80ユーロ 大奮発おたふくソース(でもレシートに、入力されてないなあ!?) 真ん中が実はリストの上位にいるごま油日本製3,50ユーロ タピオカ 穀物酢900ml3,50ユーロ

タピオカは簡単デザートで、ココナツミルクと定番でおいしいので常備されてます。
同じく白玉粉も。(今回は買わなかったけど><。)
で、このごま油!!
ごま油、もちろんもっと安い、中国系?がいっぱいあるけれど、これはこだわって敢えて高くても日本製をいつも買います。
ドレッシングにするときに、生で頂くわけだから・・。安全なものがいいなと思うのです。
ポン酢とこのごま油で、1秒で中華ドレッシング。レタスにわかめ、きゅうり、かつお節で、一瞬で2品目になっちゃいまーーすアップロードファイル
おたふくソース、レジ打ちミスかなあ?らっきー!

blog25.jpg
ここで、でました!業務用。 漬物です。初めての買い物。 たくあん1キロ6,2ユーロ ガリ1キロ7,4ユーロ 

ありえない高額商品です!でも、いい買い物でした。
今じゃ、毎日副菜で食卓に出せるので、便利便利!!
ガリの方は、甘くなくて紅生姜にかなり近いので・・おさとうでもいれちゃう?勢いです。
たくあんは、文句なし、高かったけれど(3倍くらい)日本製を選んでよかった笑

blog29.jpg
blog28.jpg

そして、その他。嗜好品な感じで。あんこやグアヴァジュース、ココナツミルク、カレーのもと。

このカレーのもとは、これも便利です。ひとつ2ユーロくらいで、一回分と少し残るし、
調理も簡単でインドカレー風のものが出来て、超おいしいです。
炒め物にも、隠し味で入れて塩分の摂りすぎも調節できるし(いつも塩味じゃ、ねえ。)
こいつは、買い!!!!!
あと、中華風包丁も買ってみました。ついでにまな板も。

刃物は2個しか持ってないし、まな板も2個しかなくて不便だったので少し快適になりましたGOOD
何個かあった方が、手伝ってももらえるし、中華包丁は、話題性もあっていいんじゃないかな?




改めて思うのは、食材があると料理は楽しい。

パズルみたいに「あれとこれで・・」と考える余地があるのが、楽しいです。

私は創作料理ばかりなので、二度と同じものは作れないのですが、
いつも私の実験を喜んで、食べて完食してくれる旦那さんがいるから、頑張れるんだよなと思います。

blog30.jpg
最後は、コメ。25キロのタイ米29,50ユーロ 10キロ日本(カリフォルニア)米17,20ユーロ 
10キロバスマティ(インド)米24,90ユーロ

高いよ~~~(知らなかった><)










スポンサーサイト
衣食住 | 00:04:59 | トラックバック(0) | コメント(4)
アースマラソン
間寛平さんが、フランスを走っています。

みんなで、いっぱい応援しましょう!
 
ブログを読んで、コメントを書きましょう。

頑張れ!かんぺいさ~~~ん!!!!!


キモチ | 22:43:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
L'amer alsacien

自分たちでは買ったことがない、PAULのタルトレットうわぁ・・・
blog23.jpg

散歩の間に、我が家に寄ってくれたママからの差し入れで、2個。

一緒に食べるつもりでこういうのって買うんじゃないんだ~と、なんかスマートさを感じました。

ママは、若くて、明るくて、いつも笑顔で、本当に優しい。
私の旦那さんが、私に理不尽な物言いをすると私の代りに怒ってくれる、そんな義母です。

私との仏語も、最近はかみ合うようになってきました。
旦那さんがまだ帰ってこない時間にふと現われても、

帰ってくるまで、待っててください。と言えるようになりました。
前は「今いないから・・」と泣きそうな顔をして、居る時間にもう一度来て貰うようにしていました。
(ママは、そもそも電話があるのに、かけずに来るところが、無謀です。)


自分で買ったものじゃないというのもあって、おいしかったなタルトレット目がハート

で、
blog22.jpg

右はじの瓶が、タイトルのもので。l'amer alsacien

日本ではなかなか馴染みがないですよね、私もアルザスに来て初めて知りましたが。
これは、ビールに味をつけるものなんです。

オレンジ味。

たぶん、オレンジ味しかないのだけれど、種類は数種類あって、この瓶は中でも安い方のものです。
PICONというのが、有名なものになります。

横にあるグラスの通り、ビール(普通に黄色いビール)を注ぐときに、
底に1センチ分くらい入れて、上からビールを注ぐと、

黒ビールに!

そして、味も、ほんのりオレンジ味のまろやか、飲みやすい感じになります。

飲み始めたら、病みつきになって、

今じゃ、なしじゃ物足りない(飲みにくい)。

飲む前に、ワンテンポおいてこの液体を注ぐのが億劫なんだけれども、
止められないおいしさ!なんですきゃー


チャンスがある人は、



お試しくださいGOOD

衣食住 | 22:00:34 | トラックバック(0) | コメント(2)
勤続25年 マリー
職場では、
ふつうは、3人(シェフ、ジャンマーク、私)+流し場のジョンなんですが、

忙しい週末、激しく忙しい団体さんの日、クリスマス市(marche de noel)等は、
もう一人増えます。

私と普段、朝番、遅番で交互に出勤しているマリーです。

タイトルの通り、20歳から働いて今45歳。
体の大きな(誰よりも大きい)、理不尽に怒鳴り散らすマリーです。

でも、悪い人じゃないですよ、本当に。
私は彼女、大好きです。

働きやすいです。

理不尽に怒鳴るのは、私の旦那曰く「フランス人だから」らしく、気にすることはないとのこと。


確かに、フランス人って割と(みんなとはいわないですよ!)、

割と、からみたがりが多いです。

何かわからないとき、
自分は悪くないと思ってるとき、
どうしてなのか気になったとき、
理解できないな~と思うとき、


ちょっちょっと!!どういうこと!!!!

と、それはそれは大きな声で、相手に詰め寄る。

良く車道の路肩でも見かけます、運転者同士の意味のない文句のいい合いを。
(いい合って、気をつけろよみたいなかんじで済んでしまう。)


そんな典型的フランス女マリーは、大きな声だして、主張したら気が済むようで、
後腐れなく、次の仕事に行きます。

何事もなかったかのように、「昨日の面白かった出来事」をにこにこと教えてくれます。


マリーと私が働くのは、ずーーっと長い間なく、
この8月になって、

ジュリアンがやめてから、フェアが始まって、

途端に毎日顔を合わせるのですが、


もう、怖くないです。てゆうか、

もう怒鳴られません。(仏語が上達したなあと思うのです。)


いや、怒鳴られてるな。今日も怒鳴られたな。


でも不思議、もう辛くない。

何言ってるのかわかるからだと思います。きちんと返答できるからだと思います。
フランス語、大事ですね太陽2


ときには、私のフランス語を注意して、指導してくれるし、
書き方がよくわからない単語も、聞けば優しく教えてくれます。

「聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥」これはその通りです!!

私のフランス語は、発音が酷いけれど、フランス人には通じる独学の文法があるのですが、
マリーは、
きちんとした文法を話して欲しいらしく、

「何て言った??○○○ ○○ でしょ??」みたいに、
修正、教えてくれようとします。この瞬間、「この人、絶対に悪い人じゃない」と思うのです。

サチヨのカスタードは間違ってる!とか
レシピ通り作っても毎度怒って、怒鳴りますが、

かわいくて好きです。
そのカスタードを使って作るデザートを「おいしいわね」と言うのです><。


マリーのおかげで、

てゆうか、典型フランス女マリーとだったから、こんな私でも、今あそこで働けているんだと思います。
そのくらい、最初の私は、もう間違いだらけ、仏語早過ぎて聞き取れない、
アルザス訛り使えない、
使い物にならない、苛つかせる存在だったと思います。

でもマリーは、「怒鳴って、すっきりして、にこにこ。」だったので、食らいついていって、
いろんなことを目で、覚えさせてくれました。



そんなマリー。

世代も違く、生まれた国も違う私と、やっぱりそこは女同士。

どこで食べたなになにがおいしかった話で盛り上がります!!

いつも、ドイツや近隣のレストランでの話、家で作ったご飯の話を楽しそうに聞かせてくれるんですが、

今日の話は、嬉しかった~。


「きのう、そうそうレストランであなたのこと思い出したわよ。」
というので、アジアごはん(最近寿司でデビューして、お気に入りぴーす)食べに行ったの?と聞いたら


「違うの、ドイツで。あなたたちみたいな人を見かけたのよ。チビもつれてて。」と言うのです。

「チビって?」と聞いたら、「赤ちゃん。」というので、あ~っと分かりました。

”日本人(アジアのどこかだろうけど)女性だ!”と思って、

「で、外国人の旦那さん??」と聞いたら、「だから、あなたたちって。言ったでしょ^^。」
というのです。


なんだか、ほわ~っと嬉しくなりました。


マリー。

怒鳴って指示されても、早過ぎて聞き取れないから、

ゆっくり話してほしいです。

blog21.jpg
家にバルコニーから。























仕事 | 19:17:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨日ふと思い出したのですが。
先週のパリストアに行った水曜日。

8月19日でした。

写真の整理をしてて、ふと目に入ったフォルダの中の2008-8-19ストラスと言う文字。

「去年も、同じ日にストラスに行ってやんの~」と自分で自分たちの行動に突っ込みながら、

「夏なのに、何してたんだろ?」と疑問がわきました。
ストラスは、冬に何度か言った覚えがあるけれど、
夏は・・。記憶にないなあと、まあ、頭をフル回転して思い出そうとしたら!!


思いだしたあハート



旦那さんが、ドレス(ウェディング用)を買ってくれた日だあ^^



一緒に住んで、半年。
2008年の8月の私は、今の旦那さんの家に居候しながら(同棲?)、
書類の問題(フランスでは常識)と格闘中でした。


就労ビザを持って入国したフランスでしたが、あっけなく解雇され無職になった2008年3月。

そこから4か月必死になって(ワーホリ期と同じことをして)、仕事を探して、
7月には旦那さんの知り合いが見つけてくれた(これまたありがたい)、パン屋さんで働くことが決まりました。

ま、2か月。

それは、腰を痛めた菓子職人の代りの人材ということで、「なにも免許や資格の持っていない、ただとにかく器用に働ける人」を探しているパン屋さんでした。(のちの恩人)

資格もないし、外国人だし、ビザさえあれば”安く雇える”私を、快く受け入れてくれて、
すんなりと採用。

ただ、最低賃金です。

それはいいとして、ビザ。ビザあるんでしょ?ということで。別の店での就労ビザを持ってる旨を説明して・・


・・。


ふつうはそこで「あ~それは無理でしょ」となるはずが、

「難しい話だから、県庁と話してみます。」と言って、「明日の朝6時からね。」と採用の意志は変わらなかったオーナー夫人。


そこからのそのパン屋での2ヶ月はまあ、有意義で。3時4時5時6時と。朝から車出勤できつい仕事ではあったけれど、働ける喜びを感じていました。

パン屋の夫人の県庁との話し合いによって「異国人を雇うと決めてビザを出したのは、わがフランス。」ということで、国として、役所として、責任を取るという行為に出てくれました。

違う店のビザではありましたが(普通は、ビザの出た職場で、ビザのある期間しか働くことはできません)、県庁から国に働きかけてくれたようで、

私のビザは、通ることになったのです。

これは、奇跡ですよ。
まあこういうことが起きるのは、パリじゃないからということが強いと思います。
パリでは、こうはいかない(と思います)。


ま、そんなこんなで、

この8月19日。そのパン屋で働きながら、

「ビザ確定のための健康診断」(有料)を受けに、ストラスに行ったんです。

この有料というのが、ポイントで。このお金(税金なんですが)、本来は雇う雇用主が払うものなのです。
高額。

私の場合は、例外(フランス人の雇用主が私を不当に解雇したので)だから、
誰も

払っていません。

パン屋のオーナーさんが払うのは、筋が違うし、
それじゃいつまでたっても私を雇う人が現れません。(同時に高額の税金付きの外国人労働者><)

私と言う外国人を、外国から「雇います」とビザを与え、呼び寄せたのはフランスで、
その外国人に「来てもらったけれど、無理そうだから、帰って。」

というのは人権の国フランスでは、

「人権を無視する行為」として、ナシのようです。


なので、「今回は、なしで!」と高額税金を納める必要がなくなって、無事にビザが通り、滞在許可書ができました。



複雑なものなのです、フランスの書類問題。
(異国人が多く住んでる国なのだから、致し方ないことで
私たち外国人は、避けて通れない試練です。ひとつの宿命ですね。
生まれた国じゃないところに住まわせていただいているのだから、当然だと思っています。)


このすべての主張を、私よりムキになって戦ってくれた今の旦那さん。

私の今の生活は、すべて彼のおかげなのです。


で、
話はおおもとに戻りまして。

健康診断に行った帰り道、
急な土砂降りに遭遇し、とっさに雨宿りで入ったところが、

閉店セール中のウェディングドレス屋さんで、

全品半額!の文字につられて、「着てみたら?」と言う彼にそそのかされ
目に入った素敵な一着を

着てみることにえへ



これが、やばいかわいさ!



私の顔を瞬時に判断して、「気に入った?ね?!」と言う彼。

「かなりかわいいよね~~~」とデレデレの私をよそに、

「じゃあ、これ、買います。」とあっさり。

え・え・ええ~~~~~~~~~~~~??試着でしょ?
買うつもりなんかサラサラ(結婚は決まっていたけれど)、ないのに~~~??!!

でもでもでもうれし~~~~~~~きゃー瞬間でした。

お店中のどのドレスより、今まで人生で見た中で一番ダントツトップで自分好みの、
最高のお気に入りです。

これだけしか着ないで買うの?と戸惑うマダムにも「でも、こんな風に買ってくれるなんて幸せね、あなた。」とか言われちゃいました。

そして、乗せられて(ま、必要なものだし、セールだしで)旦那さんのスーツも同時に購入。


心配なさらないで。日本円で、2人分足しても10万円いきませんからにっこり





半額を履き違えて(履き違えてはいないけれど。)
少々、お高くついた買い物でしたが(実はドレスではなく、ビスチェと下のスカートで、ビスチェについている値札のみを見ていた旦那さん的には、え?スカートも別料金かよなのでした。)

この日が記念日になったのです。

”ドレスを買ってくれた(しかも、超スマートにheart)記念日”

長くなりました、わが歴史。


blog20.jpg

写真は、ファイファ家の夕食。和風から揚げです。漬け込んだ醤油にんにく味。
彼への大きな感謝は、いつでもご飯を作るパワーのもとになります。

言葉でもありがとうは伝えながら、いつでも料理には感謝の気持ちを込めています。














結婚までの道 | 18:20:31 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメがなくなった。

今日の昼食で、とうとうコメが空っぽに。2種類のお米、タイ米とカリフォルニア米、です。

でも大丈夫きゃー 買い置きがありまーーす!!

そろそろコメがなくなるな・・と思いながら、なかなか買いに行く時間がとれなくて、
偶然に旦那さんも水曜日が休みだったので、私のゆいいつの休みにストラスブールまで行ってきました頑張るぞ。おーっ。

珍しく、きちんと地図を携えて。
というのも、今までストラスの中心地にあったPARIS STOREが、郊外に移転したと聞いていたので。迷わないように、住所メモって、地図持って。

ということで、ストラスの少し手前で高速道路をそれて、小さな村(まあ、市ですが)へ。

大きく迷うこともなく、バス停でバスを待つマダムに話しかけてすんなり見つけることができました。

新生アジアスーパーマーケット、PARIS STORE!
blog18.jpg

この駐車場の広さ!!アジアスーパーでこんな好条件、今まで見たことがないですえっ ま、早起きのせいで、顔は眠そうなんですがね・・。

かなり、ハイテンションで店内へ行くと・・。

これまでのパリストアの常識を覆される内装、広さ、高い天井!!!!!!
ひっさびさに、はしゃぎましたね~いや、本当に、素晴らしいですよ。この清潔さは(今までが酷い。)

まず、はじめのコーナーに積まれている米。
順序よく、3袋。タイ米、カリフォルニア米、インド米。
タイ米は、香りが独特。カリフォルニアは、日本のお米に限りなく近い(名前も日本風、日の出。)。
インド米は・・。長くて、かつ香りがないタイプと思われます。今回初めて買いました。

計で、45キロ。プラス、今回発見したもち米号泣も1キロ購入しました。
これで、冬を乗り越えたいな~(並行にパスタもよく食べますので。じゃがいもも。)


そして、意気揚々にカートを進めて先に進むとそこは~!!

食器が!私の大好きな食器ちゃん達が、ずら~っと並んで、こりゃ圧巻。

blog17.jpg

まるで日本のダ○ソーを思わせる品揃え!本当に、柄もサイズもはんぱない量。

買いたくて買いたくて、うずうずと眺めて、裏のmaide in japanを見て、「これは買い!」と思ったけれど。

丼が一つ、10ユーロ。



「次回ね・・」とその場を離れましたガーン



食器は買えなくても、挫けませんよ。
今回の一番の目的は、まず米。なので、それはクリアしたんだから、と自分をなだめて、
気を取り直しました。

他にも、やれ韓国ラーメン、やれそうめん、やれたくあん、やれ酢と、

まずコルマールでは高すぎで買えないもの、むしろ見たこともないものを次々とカートに詰め込み、
大満足なのでしたほっこり♪stereo



戦利品は、後日アップしまーす。フランス生活中の人に、必見のアイテムもありますので。


ストラスに来たからには・・と行きたいところも山ほどありますが、実はストラスブールではないというニアミスな距離感が、もったいなくて、街(ストラス)まで足をのばすのはやめて、帰路に。


帰りに食べたフランスのハンバーガーチェーン店にて。
blog19.jpg

その名も、クイック(早い)。マクドより、俄然クイック派ですnico

(ブログ用にと、旦那さんがいっぱい写真撮ってくれたので、いい感じに仕上がりました~!感謝。)





衣食住 | 23:48:58 | トラックバック(0) | コメント(2)
ということで

8月頭でジュリアンがやめて、

フェアが日曜日で終わったので、フェア要員が去って行き。

また料理人がいない厨房に戻りました。

シェフはオールマイティだから、本人的には「なんとかなるでしょ」と思ってるようですが、
やはり、一瞬にたくさんのテーブルに料理を運ばないといけないとなると、シェフと私では

回りませんよ。常時50テーブルはありますから・・。

なので、

オールマイティ君2号、シェフの弟、二男ジャンマークが急きょ料理人です。

普段はバーマン(一番楽な(?)位置)。要するに、飲み物を作るポストにいて、
忙しい日の営業時は、サービス。日本語でいう、給仕さん。かなり的確に、スマートにてきぱきと運びます。

何十年だか知らないけれど、毎日見て、毎日でも食べられる見慣れた料理。
私が入った時にデザートを「ここにこれで、ここにはこう」みたいに、視覚的に指導してくれたのは、
ジャンマークでした。

私達が忙しいときは、率先してデザートを自ら用意して(アイスは盛るだけだから)、
何食わぬ顔して、お客さんの前へ。

本当に頼れる渋い人だと思っていました。

それが、今は、その才能を買われてか、
私と一緒に厨房の中。

シェフは基本的に、最後の焼きの仕事しかしないから、
常に準備に追われてるのは、私とジャンマーク

2人で、あーでもないこーでもないと、なんやかんや、ワイワイ騒いで、楽しいです。

実はジャンマーク、お調子者のようです・・。

声が低くて、いつも寝てるみたいに、動かない人だったと思ってたのに、
最近の働きっぷりを見てると、そのギャップに、驚かされます。

そして、優しい。

前菜を一通り、オーダー通り用意すると、一番初めの方のお客さんは、もうすでにデザートタイム。

なので、私は、2か所を行ったり来たりで・・てんてこ舞い。
すると、もちろんシェフもいっぱい手を貸してくれるけれど、
なぜか、ジャンマークまでも私のところに来て「何かすることない?」と言うのです。

さっきまで、メインの料理をひたすら作っていたのだから「あ~波は越えたよ」と、休んでればいいのに。


これがアンセル家。

みんな、ここでの仕事をいっさい苦に思っていないところが、いいです。
働きやすいです。

苦に思って、やめていったジュリアン。苦に思うような人は、いらないよと思ってシェフも
手放したんだと思います。

去るもの追わず。


blog16.jpg





仕事 | 10:30:55 | トラックバック(0) | コメント(1)
月曜の夜

まだフェアかと思いきや、フェアは日曜日まででした。
なので、この月曜日はその片づけがいっぱいあったのですが・・。

旦那さんの空手の仲間から、夕飯に招待されて、ミュールーズの方へ行かないといけないことが決まっていたので、

仕事中にシェフにも確認をとって、早退しました。17時15分に。

そのまま、急いで家に帰って、17時45に待ち合わせをしていたので準備も急ぎましたが・・。

友人は、我が家まで迎えに来てしまいました・・。申し訳ない><。
旦那さんと白ワインを持ち、友人の車でミュールーズへ。

なかなかない外出のチャンス、自分が運転しないなんてなんて楽ち~んと、上機嫌でした手書き風シリーズ矢印上

運転はフランス人、助手席も免許のあるフランス人、後部座席に私と旦那さん。
最後に「いや、そっちじゃなく、こっちでしょ?」と的確にナビしてるのは、私でした。

フランス人って、ほんとうにいいかげんなんです~。

どこに着くとか、遅れちゃうとか、まったく気にしていなくって、車内のおしゃべりに夢中。


もう国民性だと割り切ってるので、私はイライラしません。


イライラするだけ、無駄なんです。「楽しくない?」と周りの人に気にさせたら、その方がマイナスポイントです。道に迷うのも、遅刻するのも、楽しんじゃう国、ナイスFRANCE!


空手の仲間なので、会ったことあるし、みんなまあ根底では日本が好きってことで、

話しやすい。そして、みんな個性的にっこり
話題も、ノリも、み~んなマイペースで、

かなり楽しかったです。

大声で、おしゃべりしました。総勢7人、上は70歳?くらいの、(空手家の)先生です。

私の仏語も、だいぶ上達してるようで、スムーズに談笑できて、ノーストレスでした。
お出かけして、健やかに笑って帰ってこれるのは、いいことです。


ご飯も、料理上手の看護婦オドレーがひとりで一日がかりで作ったという代物。
レストラン並みのおいしさでした。

blog13.jpg

blog14.jpg

着いたのは、18時45分くらいで、食前酒も頂いて、おつまみ、前菜、メイン。あいだにも白ワイン(食事用)と、

完璧なおもてなし。

自分もいつか、こんなふうにおもてなし上手になりたいなと思いました。

blog15.jpg

なにか役にたちたいと思って、白玉の材料を持参したので、それを作らせてもらって、
みんなに味見(試食?)をしてもらうことができました。

ここでは、きなこよりあんこが人気でした。

写真の真ん中が私のデザートで、手前はオドレー作のタルトと、その友人同じくオドレー作のガトーショコラ。

デザートが必ず何種類かあるのが、アルザス地方です。(フランス全土かな??)





キモチ | 00:12:27 | トラックバック(0) | コメント(4)
Famille ANCEL depuis 1724

まったくもう、悲し過ぎます。

月曜日。朝からいつも通り、トイレ掃除、床掃除、廊下掃除と進めて、9時頃。
日曜の疲れや、でも夜に行く友人宅での食事会のことやで、いっぱいいっぱいで働く私の耳に、
なんだか
懐かしい話し方。

「この声・・話し方・・。あ、ミシェルクン(旦那さんの友人)。」
「んなわけないよ、こんなとこにいるわけない。」
「えっとーえっと・・・。」

と一人で頭の中でグルグル思考を巡らせてもなんか、わからない。

ここで、聞こえてくる内容をきちんと聞いて、訳せたら、一瞬だったんだろうなあ。

私は内容には聞く耳持たずに、掃除に一心不乱だったので、

「だれだっけな~~」くらいの感じでいたら、

階段を降りてくる様子。

そして、経理担当のダニエル アンセル氏(シェフの一番下の弟)が、「じゃあ、また。」

といった声で!!!!!!!

思考の回線が一瞬にして、すべて。すーーーーっとつながる感覚がして。
降りてきた人の後ろ姿。


ジュリアン><


またまた挨拶一切なしで、顔も見ずに(廊下掃除を私がしてるって、上からみてたよね?)
出ていく、後ろ姿。元料理人、私にいろんなことをいっぱい教えてくれた同じ年のジュリアン。

8月1日で退職して、そのこと本人から聞いた覚えもないし、
もちろん「またいつか、どこかで。」とお別れの言葉すら交わしていない。

素知らぬ顔して、最後の勤務を済ませて、さーーっと着替えて帰って行ったジュリアンが、
きっと給料のことやら事務手続きで、職場に来たのに!?

な~~~んにも言わないで、さ~っと帰って行くって。



どういうこと?

かなしいを通り過ぎ、ショック。理解に苦しみます。
基本的に笑顔の国フランスのはずが。

ジュリアンにより「あいさつなしも、たまにはあるらしい」ということを学びました。

あ~あ、嫌われてたのかなぁ。



で、タイトル。

意味は「創業1724年、アンセル家」というかんじで、わがレストランのことです。
もうすぐ300年。シェフは何代目かな?

たしかに、シェフのお父さんが先代で、シェフのお母さんはまだ健在で買い物やアイロンがけもして、
オーナーさん!と呼ばれてる。

何人兄弟かは聞いてないけれど、女兄弟の方々は嫁に行っていて、
男兄弟、3人は3人揃って、今一緒にレストランで働いているのです。


家族経営。

上から、シェフがジャンジョセフ、49歳、二男はジャンマーク、47歳。
で、三男はダニエル、46歳。(この前誕生日。)

3匹の子ブタ3兄弟です。


この3人、本当に。愛おしい存在です。



ジュリアンはあっけなく去って行ったけれども。
このアンセル3兄弟は、きっと長い付き合いになりそうだなあ。

300年の歴史を守り続けてるこの家族が、本当に大好き。
この職場に出会えて、なんて幸運。











仕事 | 22:19:14 | トラックバック(0) | コメント(4)
涙と根性の時代3

2006年、25歳のサチヨ。ホテル勤務。

ワーホリビザの申請にすっと合格し、4月。
親に伝えて、「行ってくるね」みたいなノリで、自分的にはイケイケドンドン状態。

怖いものなし、人生面白いほどうまく転ぶ、と信じて疑わない自分がいました。


「26歳の誕生日をフランスで、なおかつ、誰かと祝う」と心に決めて、

出発日を10月に設定。


”一か月で、誰かと仲良くなって、11月の26歳の誕生日はその子と!”と言う計算でした。


そして、2006年の11月7日。

誕生日に私は・・・。



またまた予告通り。


フランスで、誰かと!!誕生日を過ごし、
むしろ、

サプライズで祝ってもらっちゃいました!!



リモージュの農家でのWWOOFにより、

おいしいご飯、温かい寝袋、屋根と扉のある部屋、シャワー使い放題な生活中だったのです。
私のワーホリ生活で、一番のいい思い出の日々です。



自分の中で、
「社会人のワーホリだから遊びじゃ済まない。お金を使って、無駄に浪費して滞在することはしたくない。」
「働こう、お金を稼ごう、遊びじゃない。」

という思いがあって、フランスでただただ滞在してみることには価値がなく、

(忙しくて、何も見えなくなるとは気がつかず)フランスでいかに働く、稼ぐかが、課題になっていたのです。



これが、私のワーホリの最大のミスであり、最高の宝物です。



おかげで、

忙しく働きつづけ、体を壊してダウン。病院、救急車、寝たきりetc...

何かが欲しい、食べてみたい、面白そう、行ってみたい、
そういうすべての”欲望”、”願望”、”人として当たり前の望み”を満たす出費への嫌悪感からくる倹約、NO無駄遣いによる不満足感・・・


結果、2007年3月。ワーホリ半分経過の時点で、軽い鬱状態でした。


実際毎日メールを読んでは、泣いてました。

とにかく、ひとりぼっちで、さみしかったーーー。
そして自分がいかにだめな人間かと思い知るのです。
そう、日本では「井の中の蛙」だったのです。

お金を使いたくなくて、ワーホリ支援業者には一切加入しなかったので常に必死になって履歴書を自力で書いたし、自力で配りました。
いい勉強になったし、必要のないプライドを捨て去って、底力を出すことが出来たと思います。
必死さが伝わって、自力で2件ものパン屋での仕事を獲得しました。


日本食レストランの仕事、辛くて厳しいこともあったけれど、この店で出会った人間関係は本当にプライスレスです。尊敬できる日本人の方に出会うことができました。

仕事をするために、語学学校には行かなくて友達は一人もできなかったけれど、このおかげでフランス人しか話し相手がいなく、毎日が試練で、ド根性でフランス語を話すしか道がない状況に追いやられたので、
ハートが強くなりました。


もし行ったのがパリだったら・・

もし学校に行っていたら・・

もしお金を使って、好きなことして遊んでいたら・・


2007年の10月、出発から丸1年後のワーホリが終わる瞬間。
全く違うものになっていたことでしょう。



きっと、「楽しかった~ワーホリ!!」と笑顔で日本に帰っていたと思います。




実際の私は、3月の軽い鬱状態から奮起して見つけたアルザスでのパン屋での仕事を初めて、

縁もゆかりも知人も誰もいない、異国の地でひとり。

あまりの寂しさ、無意味さ、そして言葉が話せないといてもいなくても同じ扱いという虚しさ、
等に押しつぶされて


7月には「本格的な鬱」になりました。

鬱なのかは、誰にも診断はしてもらっていないけど。
ここで、自分がいかに世界では小さい存在なのかを思い知りました。
今までの悪事を反省して、周りのすべての人が尊敬できる、自分より素晴らしいと思えるようになりました。

こういう心の変化が、物理的にも変化を与えてくれて、


解雇になったので別のパン屋をに見つけて、8月から働き始めて、思いのほか順調に進み、


帰る頃の9月。「就労ビザ申請」までこぎつけたのです。

たった2か月の必死(他には行くとこもやることもないから、異常に良く働く)の働きがパトロンには響いたようです。





3月から7月の間の私は、ひどかったです。

一日15時間くらい寝て過ごしていました。あまりの寂しさに。


この時期に仏語が話せていたら、また話は変わっていたでしょう。
この時期に日本人の友達がいたら、健康面ではばっちりだったでしょう。
でも、日本人と一緒にいることで大切なことをきっと忘れたと思います。

それは「自分から動かないと何も始まらない、生きることは変わっていくこと」ということです。



なぜなら、

この軽い鬱から本格的な鬱の毎日の中で、

街へ出てフランス人とくっちゃべり、住んでいた寄宿舎の子とくっちゃべり、
(内容はまったくわからないけど、笑顔でうなづくのみ)

したので!!!!!

今の旦那さんにこの街で出会えたのですから!!



嫌嫌でも頑張ったし、自尊心も捨てたし、出来そうもないことにもアタックして
「だめでも、何も失うものはない」状態だったから、

必死だったから、

彼に出会えたのです。



自分の最悪の状態を見たから、上がるしかなかったから、

変われたのです。




私はこのどん底のワーホリ体験で、人間的に成長出来たと思っています。









フランスワーホリ | 22:15:46 | トラックバック(0) | コメント(6)
次のページ

FC2Ad